国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?
第17回 日本人ITエンジニアがインドで学ぶ理由
小平達也
(パソナテック 海外事業部 部長/パソナテックコンサルティング(大連)有限公司 董事/早稲田大学アジア太平洋研究センター 日中ビジネス推進フォーラム講師)
2006/6/9
ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった |
■わが国のグローバル人材戦略とは
2006年5月18日に開催された経済財政諮問会議(内閣府に設置されている機関で、経済財政政策に関し、有識者の意見を反映させつつ内閣総理大臣のリーダーシップを発揮することを目的としている)では、少子化対策などとともに成長力、競争力強化について論じられた。
特にグローバル戦略については、本連載でも触れてきているように中国やインドなどBRICsが台頭する一方、わが国では人や企業のグローバル化に対応できていないことが課題として挙げられているようだ。これに対処する方策が「グローバル戦略のポイント」としていくつか指摘されているが、中でも「人材の国際競争力の強化」が挙げられていることに注目したい。
人材の国際競争力の強化
1.人材の質の向上 |
人材の質の向上については、「基礎学力なくして発展なし」ということだろう。筆者が企業の経営者や人事担当者と面談していると、新卒、キャリア採用を問わず「学生時代に理工系の背景をきっちり身に付けていること」の大切さが話題になる。部門単位で短期的なプロジェクトをこなしていくという視点では「そのときアウトプットできるスキルを持った人材」が重宝されるものの、中期的に開発力・応用力を発揮できるコア人材を考えた場合、前提となる基礎力が重視される(もちろん基礎力に加え、環境変化の激しい現在では継続的な教育も重要である)。
外国人人材の受け入れ拡大、在留管理の強化については、筆者もまた取り組んでいる課題だ。優秀な人材を引き付ける「世界的に見ても存在感と魅力のある技術立国」の実現と併せて、社会の安全を脅かすような人物は徹底的に排除していくべきだろう。
■日本人ITエンジニアのグローバル化を支援するインド企業
このように日本人ITエンジニアの国際競争力向上は個人にとっても国にとっても大きな中長期的課題であるが、これをインドを舞台に支援している企業がある。インド出身のプラシャント・ジェイン氏がプレジデント&CEOを務め、インド、シンガポール、日本に拠点を構えるソフトブリッジソリューションズだ。同社は日本人ITエンジニアに対してインドで研修サービスを行っており、東芝などの大手企業を中心にニーズが高いという。研修を受けるITエンジニアは数カ月間インド(プネ市)に滞在し、プロジェクトリーダーコース、Webテクノロジーコース(Java、.NET)、組み込みコースなどを受講する。カリキュラムには技術系の講義以外に英語、異文化コミュニケーションなどもある。
確かに、インドは世界のアウトソーシングの拠点といわれ、インド人技術者はシリコンバレーの30%を占めるに至る。米国のIT産業にとっては欠かせない存在であるとさえいわれている。しかし、日本人のIT教育がいったいなぜインドなのだろうか。日本企業と日本人ITエンジニアは、何を求めてインドで研修を受けるのだろう。以下ではジェイン氏と筆者の対談を紹介する。ジェイン氏はインド出身、米国で教育を受け、学生時代には日本に滞在したこともあるという人物である。
■世界で一番若い国、インド
現在のインドのGDPは6859億ドルで日本(4兆6824億ドル)、中国(1兆6487億ドル)についでアジアで第3位(2004年度、OECDのデータによる)であり、今後の市場としても見過ごせない存在になっている。しかし日本にいると、その割には情報量が少ない「遠い国」というイメージを持ってしまう。
小平 「まず伺いたいのは、ビジネス的な視点からのインドについてです。もちろん人口が10億人もいて国土も広いので一概にはいえないと思いますが。われわれ日本人のインドに対するイメージというのは『暑い』『遠い』『カレー』など、おそらくこの数十年変わっていないステレオタイプのものです。現状を簡単にご説明いただけませんか」
ジェイン氏 「おっしゃるとおり日本ではいまでも『古いインド』のイメージが残っているようですね(笑)。まず人口を見ても、インドは18歳以下の人口が3億人もいる『世界で一番若い国』なのです。ですから日本や中国と比べても、これから長期的に消費市場が拡大していくことが見込まれる国なのです。
技術面では、インドは人工衛星の製造から打ち上げまで自国で行える能力を持つ、世界6カ国のうちの1つです。ITという側面で紹介しますと、シリコンバレーでは新しく設立された会社10社のうち4社はインド人が経営者です。米国のワーキングビザであるH1-B取得者18万人のうち、インド人が半数近くを占めます。実はMSN Hotmailを開発したのも当時28歳のインド人でした。マイクロソフトに4億ドルで売却したのです。このように米国で仕事をしたインド人ITエンジニアがインドに帰ってきて起業するなど、米国との結び付きが強いのも大きな特徴です」
本連載第4回「中国人ブリッジSEのキャリアパス」では中国人エンジニアの日中間でのグローバルキャリアパス「Bridge Career Chain」を紹介したが、米国とインドの間にはさらに太い鎖が渡されているのだ。
■インドが「世界のR&Dセンター」として注目される理由
日本の情報サービス産業への従事者が約57万人(2004年)であるのに対し、インドは約65万人(2003年)と人数ですでに追い抜かれている。ちなみに中国の情報サービス産業従事者は約62万人(2003年)であり、こちらもすでに抜かれている。
小平 「人口、技術ともにすそ野が広がる一方で、シリコンバレーとの関係が強いというのが特徴となっていますね。マイクロソフトやヤフー、GEといった欧米のIT・エレクトロニクス企業が中心となって積極的にR&Dセンターを展開していますが、なぜインドがこのように注目されるとお考えですか」
ジェイン氏 「シリコンバレーにいるインド人ITエンジニアが帰国するなど、インドとの人的ネットワークが強いというのが前提としてあります。教育については特に理数系に関して基礎教育がきっちりしていることや、英語が準公用語であることもインドでの教育がグローバルに通用する助けとなっています。インドの中でもバンガロールはシリコンバレー、ボストン、ロンドンに次いで世界第4位のIT企業の集積地です。さらにオフショア開発を行う企業が心配する知的所有権の問題ですが、インドの場合はシンガポールやオーストラリアと同じくコモンロー(イギリスの慣習法)で運用されているため、英国法に準拠しています」
小平 「オフショアの発注元の企業にとって、特に海外での知的所有権の扱いは非常に頭の痛い問題ですので、これは大きなメリットですね。またR&Dにおいて優秀な人材を活用するとともに、現在3億人といわれる18歳以下の人口が今後20〜30年にわたって巨大な市場を形成することを見込んで進出しているということでもありますね」
インドにR&Dセンターを置く、またはインド市場を目指すのは上記のような欧米系のIT企業だけではない。中国を代表する通信機器メーカー、華為技術はバンガロールにR&Dセンターを設立している。また中国大手家電メーカーの海爾(ハイアール)集団もニューデリーにR&Dセンターを設立し、テレビや冷蔵庫など家電品のインド市場への本格参入をしている。
■インドを経由してグローバルビジネスを
一方でインドの貿易相手国のうち、日本の割合は輸入・輸出ともに第10位である(2004年)。しかも日本への輸出主要品目はダイヤモンド、鉄鉱石、海産物という一次産品だ。ソフトウェア輸出を見ても、中国では60%が日本向けであるのに対し、インドにおける日本向けソフトウェアは全体の5%である。インドに投資し、進出する日本企業も300社程度であり、まだまだ限定的な動きとなっている。
ジェイン氏 「インド国内への日本企業の進出はさっぱりです。韓国企業よりも遅れていると思います。インド人はもともと親日的であり、ソニー、東芝、パナソニックなど日本製品と日本人に対する評価も高いのです。しかしこの5年間で韓国のサムスン、LGといった企業がものすごい勢いで進出しています。インドに進出する日本企業にとって、この5年間は『もったいないことをした』状態だったと思います。インド市場にアクセスするための販売チャネル構築で、韓国系企業のほかフィリップスやノキアといった欧米系企業が大きく先行しているからです」
人材交流の側面から見てみよう。インドに在留する日本人の数は2134人と、米国の23万5824人の1%にも及ばない。中国に在留する日本人11万4170人と比べても2%弱だ(2005年10月1日時点、外務省領事局)。また、2005年度のインドから日本への留学生数はたったの410人であり、中国からの約8万人、米国からの約7万5000人、韓国からの約1万5000人に比べると極端に少ない。出身国別の留学生数では第15位である。
日本としてもこの状況にてこ入れを図っている。2006年1月に麻生外務大臣がインドを訪問した際、「日本語」「技術」「若者」などの分野で3年間に4000人の交流を目指すことでまずは合意をした。前述のようにインドはアジアで日本、中国に次ぐGDP規模を持っているが、わが国としてはこれからようやく人材の交流拡大を目指すといった段階なのだ。
このような状況の中で、先鞭をつけているものの1つがインドでのIT研修なのである。日本人ITエンジニアがインドで学ぶ最大のメリットについて、ジェイン氏のコメントを紹介する。
ジェイン氏 「日本ではプロジェクトへの参加を通じたOJTで技術を取得することが一般的ですが、これでは基本設計、思想といったアーキテクチャにつながる基礎力が付きにくいと思います。基礎力がなく、最新の技術を持っているわけでもない社員は、そのうち外注スタッフに負けてしまうでしょう。日本人ITエンジニアがインドで基礎力をしっかり学び英語力を付けることは、日本でキャリアを形成すること、将来インドでビジネスをすることだけでなく、インドを経由してグローバルなITビジネスを展開することにつながるのです」
若い一時期、海外での学習の機会を得て、現地のITエンジニアと交流することは貴重な経験になるだろう。もちろん、海外で新しい刺激を受けるのも、日本で日々のプロジェクトに打ち込むのもそれぞれの選択だ。
ただ1点、最後に読者と共有しておきたいことがある。インドには約65万人の情報サービス産業従事者がおり、インターネットによって彼らとの距離はより近くなっているということ、加速するITの進化はその流れをいっそう推し進めるだろうということだ。実際、インドで1年間プロジェクトに参加した経験のある若手エンジニアは、筆者にこう打ち明けたことがある。
「私たちが進めているテクノロジの進歩、それ自体がITエンジニアとしての私のリスクになるとも考えられます。だからこそ必死になって、海外で何が起こっているかを知る必要があるのです」
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