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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第19回 ITエンジニア獲得競争に勝つ地域、負ける地域

小平達也
2006/10/31

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

中国の大連、インドのプネ

 本連載第17回「日本人ITエンジニアがインドで学ぶ理由」では、東芝などの大手企業がITエンジニアをインドのプネ市に派遣し、数カ月の間、技術や英語、異文化コミュニケーションなどの講義を受講させていることを紹介した。先日、筆者もそのプネ市を訪問したので紹介しよう。

 中国では大連市が日本向けのオフショア開発拠点として知られ、日本向けの業務を行うITエンジニアは1万人を超すといわれている。筆者の知る限り、インドではプネ市が日本語とのかかわりという点で特徴を持っている。

 インドのソフトウェア輸出の90%は欧米向けで、日本向けはわずか5%程度である。バンガロールやハイデラバードといったIT都市では欧米系、インド系IT巨大企業の存在感が大きく、日本企業は一般に極めてマイナーな存在だが、このプネ市は日本語学習者が最も多い都市として知られている。

 同市では毎年約1万人の学生が日本語を学習し、日本語学校は200校以上、2004年度の日本語能力試験受験者は約2300人といわれている。インドの中でも日本向けにビジネスをしている特殊な都市であり、日本とインドのビジネスにおいて今後さらに存在感を増すであろう。

現地の大学院大学で学ぶ学生たち

 意外に思われるかもしれないが実は、インドのITエンジニアたちには、「相手の立場に思いをはせる」態度がある。彼らとの交流を通じて、ある意味、日本人と感覚的に近いものがあると感じた。

 これは非常に乱暴にいえば、廃止されたとはいえかつてはカースト制度があり、人々の内面にいまだ根強く残っているが故のものかもしれない。つまり、社会の階層分けにより、それぞれの役割分担が決まっており、日ごろから相手の立場を察する態度があるのではないかということである。

大学の屋上のカフェテリアとそのすぐ外に広がるスラム

 インドは比較的安定した社会を形成しているが、変化を貪欲に取り込まない社会は、未舗装の道路など貧弱な社会インフラに見られるように「目に見える発展」をしづらいという面もある。インドの若者にとって、「変化」が別名ともいえるIT業界(就業人口65万人といわれており、これは日本の情報サービス産業従事者57万人を抜いている)は彼らの社会背景の中でも極めて例外に位置し、別世界の中で自己表現・自己実現をできるチャンスの場となっているのだ。

「日本の地域」もITエンジニア獲得で知恵を絞る

 インドでIT企業や大学のITエンジニアたちを訪問した2週間後、筆者は東京都大田区にいた。「大田産業情報プログラム〜次世代にものづくりの価値を伝える〜(社団法人 東京青年会議所 財団法人 大田区産業振興協会共催、後援 大田区、東京商工会議所大田支部、社団法人 大田工業連合会)」というプログラムで基調講演をするためだ。このプログラム自体はITエンジニアとは少しずれるが「地域・技術・人材」といったテーマで共通性があるので紹介しよう。

 わが国の総人口が2005年に減少を始めたことは周知のとおりだが、この少子高齢化の流れは大企業のみならず地域の企業を直撃している。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの行った「『事業承継』『職業能力承継』アンケート調査」(2005年12月)によると、55歳以上の中小企業経営者のうち、96.4%が「事業を自分の後も引き継がせたい」と考えている。しかしながらこのうち、「後継者が決まっている」と回答しているのは47.0%のみで、半数近くの49.4%が「後継者が決まっていない」と回答している。

 実は、中小企業では事業と技能を引き継ぐ人材の確保が大きな経営課題となっているのだ。いままでは「技術さえ良ければ周囲が評価してくれる」という考えでひたすらものづくりにまい進してきた企業も、気が付けば「人口減少」「海外の新興市場の勃興(ぼっこう)」「個人が職場を選ぶ時代になっていること」などの環境変化に乗り遅れ、ようやく経営者たちも危機感を持ち始めたところである。そして企業単体では対応しきれない部分について地域や行政が支援をしているのだ。

 環境変化を脅威と認識し、対応を考えている地域は大田区だけではない。例えばアジアへの玄関口といわれている九州地域では、企業の海外進出が増える一方で産業の空洞化を懸念している。中国の「圧倒的に安い生産コスト」「市場性」「豊富な人材供給」といった脅威を認識しつつも、現在ではそれを逆に活用する動きが活発になっているという。また、札幌市もアジア各地域のIT企業群との連携モデルの創造に動いているという。

 大田区に話を戻す。このプログラムの興味深いところは企業経営者たちに労働市場などの最新情報、環境変化を伝えるとともに、同地域で学ぶ高校生たちに職場体験の機会を提供し、製造業で働く価値や魅力を感じ取ってもらおうという点だ。

 Webエントリが一般化した現在、職場をリアルに体感することが重要になってきているので、このような機会は貴重だろう。地域のコーディネーションの下、企業と人材それぞれが環境対応をしながら、次世代に事業継承をしていくというスタンスが非常に興味深いものであった。

 IT業界でも日本IBMなどの大手が理工系大学に進学する学生を増やそうと、女子高校生を対象に理工系に興味を持ってもらえるようなプログラムを展開している。これらの地域や企業は「人材の獲得と定着」といった直接的な目的と「ファンづくり」といった間接的な目標を持って活動している。こうした活動を通じて地域としての、企業としての競争力向上を目指しているのだ。

 参考までに以下、当日の講演概要をご紹介しておく。

 2006年9月27日 大田産業情報プログラム 基調講演内容

講演テーマ:次世代にものづくりの価値を伝える−選ばれる企業となるために−

<背景〜環境変化〜>
人口減(いまだかつてない甚大な環境変化が起こる) 
海外市場(大手企業も地域も「海外を活用しつくす」) 
個人のグローバル化(個人が選択権を持つ時代)

<技術の伝承者獲得〜他社の動向は〜>
全般的、継続的な理工系人材採用難
企業、学生それぞれに「勝ち組・負け組」
入社後の定着も大きな課題(753の壁の打破を)

<選ばれる企業となるために>
企業力(存在感)を人材に「伝える力」の重要性

始まりつつある「都市間の競争」

 自動車産業や家電産業に見るまでもなく、組み立て加工型の業界では地域的な密着が産業の集積となり地域性が目立つ。しかし、日本のIT業界において地域性はあまり重視されていないようだ(注目されたことがあるのはかつてのビットバレーといわれた渋谷くらいであろうか)。その一方で、六本木ヒルズや渋谷マークシティといった象徴的なITベンチャー企業が集まる旗艦的なオフィスビルに注目が集まっている。だがそこに意図的な背景はなく、単なる話題性、利便性で終わってしまっているのではないか。

 少なくとも海外のIT都市は積極的にイニシアチブを取って動いており、中国、インドのみならず韓国、台湾にもIT産業が集積する地域がある。

 本連載ではグローバリゼーションが進む中、国境を越えて個人と個人の競争が激しくなることを述べてきたが、個人間の競争だけではなく、「都市間の競争」もすでに始まっているようだ。今後、これを認識している地域とそうでない地域との間で「勝ち組」「負け組」といった差が出るのだろう。

 ITエンジニアも自分戦略の一環として、勤務地として競争力のある都市を選ぶ時代が来るかもしれない。


筆者プロフィール
小平達也(こだいらたつや)
パソナテック 海外事業部 部長
パソナテックコンサルティング(大連)有限公司 董事
早稲田大学アジア太平洋研究センター「日中ビジネス推進フォーラム」講師

商社にて中国を中心としたサプライチェーンマネジメントの構築、運営に従事。現職では「人材サービスを通じて企業のグローバル展開を支援する」というミッションの下、大手日系グローバル企業の海外における人材採用と育成を支援している。外務省「『人の移動』に関するシンポジウム」で経済界の意見を発表のほか、学会などでの講演、執筆多数。

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