成果を生み出すコーチング

第2回 コーチングで強いチームを作る

小田美奈子
2006/3/30

研修で紹介したコーチングスキルと内容の一部

聴く:コーチングの最も基本的なスキル。話を聴くときの態度によって、相手に与える印象が異なる。相手の話を聴くときには「きちんと聴いているよ」という態度を相づちや姿勢などで表す。

質問する:相手に考えてもらう質問、相手が持っている答えを引き出すための質問と、目的を持って質問することの重要性について学ぶ。

承認(認める):承認は、相手の存在を認める言葉、行為。相手の言葉を繰り返すことで、相手がそういう状態にあることを認め、安心感を与える。あいさつをすることで、相手の存在を認める。

ビジョンを描く:参加者に「自分はどんなリーダーになりたいか?」「どんなトレーナーになりたいか?」を明確にしてもらい、参加者間で共有する。自分の役割と立ち位置を明確にする。

メンバー間の連携強化で仕事も円滑に

小田 コーチングの研修後、どのような変化、成果がありましたか。

中川 社員に自分はどういう役割なのかを考えてもらうことで、本人の中に軸ができ、アイデンティティがはっきりしてきたと感じます。自分の役割が明確になり、行動基準ができたのだと思います。

 社員からは、「同じことをいっても、受けとめ方は相手によって異なることに気付いた」「いろいろな視点があることに気付いてよかった」などの感想がありました。

 メディア部門の社員からは、社員同士の横のつながりが増えたことで、アイデアが具体化されるようになったという声も聞いています。

 また、人によって言葉の受け取り方が違うと気付いたことと、相手の話をよく聴くようになったことで、仕事のやりとりをするときに、事実の確認を丁寧にするようになりました。相手の話を聞いて、自分の理解が合っているかどうかを細かく確認するようになっています。

 また、違う部署の人と交流する機会になり、ほかの人の考え方を知ることができたこと、コミュニケーションの量が増えたことで、仕事が進めやすくなっているようです。

 上司のAさんの目から見ても、リーダー同士でのコミュニケーション量が増えたことで、以前の“課題を1人で抱え込み、動きが鈍るような状況”は減少しています。

 また、Aさん本人も、メンバーの環境やパーソナリティに配慮しながら、1人1人に受け取りやすいアプローチを選ぶようになったという変化もありました。同社流のコーチングスキルが次第に出来上がりつつあると感じているとのことです。

 中川さんが今回の取り組みで意識したことは2点ありました。

(1)参加者全員に発言してもらうこと
研修では、必ず参加者全員に発言する機会をつくりました。その結果、参加者は物事の見方、受け取り方は人それぞれであることに気付き、多様な視点があることを認識できたのです。誰が何を考え、感じているかを共有することで、連帯感が生まれたという成果もありました。

(2)会社の実情に合った研修プログラムを構築すること
会社がどういう状況なのか、いま何が課題なのかを見て、同僚に事例提供してもらうなどの協力を得ながら、研修プログラムを作成しました。また、社内用語を使うことで、受講する社員が受け取りやすくするなどの工夫も行いました。

「コミュニケーションをあきらめない」

小田 中川さん自身は、コーチングを取り入れてからの1年間を振り返っていかがですか?

中川 1年間やってみて、課題はたくさんありますが、当初の目的であった社員同士の横のつながりが強くなることは、できてきていると感じます。

 一番大変だったことは、自分がコーチとしていかに存在するかという意識を長く持ち続けることでした。在り方としては、「聴く」と「受け入れる」ことが大きかったと思います。「コミュニケーションをあきらめない」と決めてやりました。

 大変な思いの方が強かったですが、上司の感想は、1年間頑張ってきてよかったと思えるものでした。また、研修に参加した社員から「あれ、よかったですよ」と声を掛けてもらうと、ほっとします。

 自分自身が「こういうことをやりたい」ときちんと関係部署に伝えていくこと、協力してくれる人を見つけることの大切さが分かりました。

 また、企業内にコーチングを広める団体(JICCC)のメンバーとの情報交換は、自社で活動するに当たり、大きな力になりました。

小田 今後はどのような取り組みを予定していますか。

中川 リーダー層を対象に、リーダーシップやチームワークをテーマとしたセミナーを定期的に継続して開催したいと考えています。階層によっては単発での開催だったため、「研修後は続かなかった」という声もあり、継続することの大切さを感じます。あとは、より個人の力を発揮してもらうために、1対1のコーチングも取り入れたいと思っています。

小田 強いチームを作るために、参考となるヒントがありましたらお願いします。

中川 面倒なときもありますが、メンバー同士のコミュニケーションを頻繁に取ることですね。それによって、トラブルを防ぐことができたり、相手がどんなことを考えて仕事をしているかが少しずつ分かってきます。あいさつをする、お礼を伝える、笑顔といった基本的なことも大事だと思います。あとは、話をよく聴くということです。ほかの人の考え方を知ることで、仕事が進めやすくなると思います。

小田 すぐに取り組めそうな一歩ですね。貴重なお話をありがとうございました。

中川さんの事例から学べること

 中川さんが研修で紹介したコーチングを活用したアプローチとその成果は、下記のようになります。

(1)各人の言葉の受け止め方の違いを知る、1人1人に合わせた対応を行う
→相手の考えをより引き出しやすくなる、ミスコミュニケーションによるトラブルの減少

 研修では、人とコミュニケーションを取るとき、同じことをいっても、受け止め方は相手によって異なることを伝えました。

 例えば、相手を褒めるときに「○さん、すごいですね」と伝えたとき、褒められてうれしいと感じる人もいれば、どの部分が良いのかをもっと具体的に伝えないと褒められた気がしない人もいます。

 後者の場合には、「○さんが作ってくれた資料の△の部分は、分かりやすかったですね」など具体性があると、受け取りやすくなります。

 このように、相手に合わせて伝え方を変えることで、より効果的なコミュニケーションが可能となります。

 また、1人1人に合わせた対応を行う「テーラーメード(個別対応)」は、部下の力を引き出す際にベースとなります。そのためには、相手を観察し、どんな言葉や表現が受け入れられるのか、受け入れないのかを見る必要があります。

 あるリーダーは、研修後に部下1人1人に合わせた対応を心掛けるようになり、相手の考えをより引き出しやすくなりました。ほかには、相手によって受け取り方が違うことに気付き、事実確認を丁寧にするようになったことで、トラブルを未然に防げるようになったというケースも見られました。

(2)相手の話を「聴く」
→社員同士の横のつながりの強化、アイデアの具体化、課題の早期解決

 研修では、コーチングの基本スキルである「聴く」練習を参加者同士で行いました。

 聴くことは、相手に安心感を与えます。また、人に話を聴いてもらうことで、新しいアイデアが生まれる、気付きがあるなどの効果があります。

 参加者が「聴く」ことの重要性を認識したことで、下記のような成果がありました。

・研修では参加者全員が1回以上は発言する機会をつくったことで、相手がどんなことを考えて仕事をしているのかを知ることができ、仕事が進めやすくなった。
・聴く、質問するというコミュニケーションの量が増えたことで、社員同士の横のつながりが強くなり、アイデアが具体化されるようになった。
・課題を1人で抱え込まず、周囲に相談するようになり、問題の早期解決に結び付いた。

(3)自身の役割と立ち位置を意識させ、行動に結び付ける
→行動基準が明確になる、新たな行動を起こす

 研修では、リーダー層や営業マネージャに対しては、「どんなリーダーになりたいか?」「どんなトレーナーになりたいか?」など、自分の役割と立ち位置を明確にしました。

 加えて、研修の最後には「学んだことを生かして明日から何ができるか?」という行動項目を参加者全員に発表してもらうことで、成果に結び付きやすくしたのです。その結果、自分の行動基準が明確になり、行動に変化が現れたケースもありました。

 他人からいわれた行動ではなく、自分が考えた行動のため、実行に移す可能性が高まります。また、ほかの人に宣言することで、行動に移しやすくなる効果もあります。

 コーチングでは、「行動」と「学習」を重視しています。行動を起こすことで、学びが起き、その学びを基にさらなる行動を起こす、という循環が起き、成長につながっていきます。

 今回、中川さんの事例では、参加者にどう行動できるようになるかをイメージしてもらうことで、自ら考え、新たなチャレンジのきっかけを与えられたようです。

 中川さんの1年間の取り組みを伺う中で、「コミュニケーションをあきらめない」という言葉が印象的でした。そして、社員の横のつながりをもっと強くしてほしい、より生き生きと働ける環境をつくりたいという中川さんの強い思いを感じました。

 今回の取材は、中川さんの勤務先のオフィスで行われました。広いフロアには活気があふれ、すれ違う社員の方が笑顔であいさつしてくれる姿が心に残りました。

 今回の研修によって、相手の話を聴くことの重要性を認識し、自分から話しかける人やその回数が増えたといいます。

 中川さんの取り組みは、1人1人の「点」を結び、強いチームへの基盤をつくったのです。

 以上、中川さんが、強いチームづくりを目指してコーチングを活用した事例をお伝えしました。コーチングの基本スキル「聴く」「質問する」「認める」については、「コーチングを身に付けよう」の「第3回 コーチングの基本スキルを会得しよう」をご覧ください。

参考文献
『小さなチームは組織を変える〜ネイティブ・コーチ10の法則』(伊藤守著、講談社)
『コーチングのプロが教える「ほめる」技術』(鈴木義幸著、日本実業出版社)
『コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる4つのタイプ――コーチングから生まれた』(鈴木義幸著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『コーチング・バイブル』(ローラ・ウィットワース、フィル・サンダール、ヘンリー・キムジーハウス著、東洋経済新報社)

 

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執筆:小田 美奈子(http://www.happy-coachingcafe.jp/)

消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。現在は20〜30代の会社員、経営者を対象としたコーチングやキャリアカウンセリング、キャリアをテーマとしたワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター会員/特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(Career Development Adviser)

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