成果を生み出すコーチング

第4回 コーチングで風土改革に挑戦

小田美奈子
2006/7/7

評価期:2005年上記〜下期

中島 次に、感動体験をどれくらい発揮できているか「観」てみようということで、360度評価を導入しました。その結果、予想どおりあまり高い評価は出ませんでした。その結果を見て、全社的に「感動の体験を職場で生かすことができないのはなぜだろうか」「コーチングをする方も受ける方も基本ができていないのか」「感動体験を繰り返せるスキルを身に付けよう」というムードになり、ようやく研修へのモチベーションが上がって、スキル研修実施につながりました。

価値観・ビジョンの共有化で一体感を醸成

小田 ここまでの取り組みをやってみて、いかがでしたか。

中島 コーチングスキル習得は軌道に乗り始めましたが、いまひとつ全体の統一感、盛り上がりに欠けていました。ある程度、社員同士のつながりや、横の連携もかなりできてきたのですが、集団としての一体感が少ないと感じました。そこで、会社の価値観・ビジョンを共有するというテーマを設定し、このテーマで横断的に集まってオフサイトミーティングをしました。

仕上げ期:2005年下期〜

 オフサイトミーティングでは、役員に「こういうビジョンをつくるので一緒に参加してください」とお願いし、新入社員から役員までの選抜メンバーで合宿を行いました。

 この合宿がきっかけでコーチングの効果を役員も理解し、幹部クラスにもコーチングスキルの研修を実施しました。こうして、コーチングがあらゆる階層を網羅した全社的ムーブメントになったのです。総仕上げとして、東京で勤務している社員向けにコーチングイベントを実施しました。

小田 短期間にさまざまな取り組みをされたんですね。一連の取り組みの成果についてはいかがですか。

中島 4つの課題を設定して、それらに対して効果を上げることができました。

 1つ目は「組織の価値観の共有」です。主体的な行動を取るうえでの社員1人1人の判断基準として、会社が大切にすることを明確に共有することができました。

 2つ目は、「社員同士の関係性の強化」です。社員同士の関係性を「日常業務を進めていくうえで差し障りがない」という段階から、「シナジーによって、お客さまに新しい価値を提供する」という段階に発展させました。

 合併会社にとって、会社間や組織間の垣根を越えて、1人1人お互いが何を大切にしているかをまず理解することが、関係性強化の最初の一歩となりました。

 3つ目は「仕事のやりがいの追求」です。社員1人1人が予算を達成するだけではなくて、自分の思いが何であるか、自分が何を大切にしているかが、さまざまな取り組みの場で分かってきたんですね。あとはそれがやれているかどうかです。もしやれていなければ、やれるようにどうするかを考えれば、それがモチベーションになるわけです。

 4つ目が「社員の主体性を引き出すマネジメントスタイルに転換する」ことです。いろいろな仕掛けをしてきて、成果を確実に実感していますが、定量的に測れるかはこれからの課題です。業績に結び付けなくてはなりません。

 業績はすなわち、会社の活動の価値が世間から認められている、ということです。自分たちの活動が価値のあることになっているかどうか、そこにつなげていくのが大切だと思っています。

何でもいえる安心感がモチベーションに

小田 社員の反応や感想はいかがでしょうか。

中島 オフサイトミーティングなどを体験することで、「何をいってもいいんだ」と思えたこと、「同じ思いを持った人がほかにもいる」と思えたこと、そして、「みんなでやろう、1人じゃない」という喜びを感じたことが一番多かった反応でした。

 5社が合併してできた会社なので、社内での交流の機会となり、「うちの会社ってこんなにいい人がいたんだ」と気付くことで、会社への愛着が高まることにもなります。

小田 モチベーションアップにもつながりますね。

中島 話を「聴いてもらう」喜び、話を「聴く」喜びも大きいと思います。あとは、自分の考えが言葉になって形になり、実行されることによって、成果と喜びにつながっていきます。

小田 これまでの取り組みを振り返って、あらためて大切だと思うことはありますか。

中島 自分はコーチングの効果を感じていて、周りに知ってほしいという思いが強いのですが、大事なことは手段と目的を混同しないことです。

 コーチングはあくまで手段で、目的を明確にすることが大事です。コーチングが単独で何かをなし得ることは企業組織においてはありません。人事施策などと組み合わせて、継続的にコーチングの効果を見ていくことが必要だと思います。それが業績につながり、社会へ価値を与え、さらには、自己実現につながっていくことになると思っています。

小田 目的を明確にする、とても大事なことですね。貴重なお話をありがとうございました。

中島さんの事例から学べるポイント

 中島さんが実施したコーチングを活用した風土改革の取り組みの中で、プロジェクト成功のための参考になるヒントを紹介します。

(1)お互いの思いを聴く場を設定し、社員同士の関係性を強める

 中島さんは、風土改革プロジェクトを推進するに当たり、オフサイトミーティングをはじめ、社員の対話の場を設定することから始めました。

 1人1人がお互い何を大切にしているかを理解することが、相手との関係を構築するための一歩となります。お互いの思いを聴く、聴かれる体験から、「どんなことをいってもよいんだ」「同じ思いを持った人がほかにもいる」などの安心感が生まれてきます。

 これをベースに、社員同士の関係性が強まっていきました。さらに、お客さまのために、社員同士が「相談し合う」「協力し合う」という関係が強くなり、お客さまに新しい価値を提供することにつながっていきました。

 また、ミーティングの際には下記のルールを設けることで、話しやすい雰囲気をつくりました。お互いの考えを受け止め、尊重することで、相手との間に安心感・信頼感が生まれます。皆さんのプロジェクトでも試されてみることをお勧めします。

(あ)人の話をよく聴く(=理解し合う)
(い)肩書き、立場にとらわれず、自分の言葉で語る
(う)相手にレッテルを貼ったままにしない
(え)弱みを見せて、「一緒に困ろう」
(お)正論(あるべき論)で相手をやっつけ過ぎない
(か)相手の話に積み重ね、深めていく
(き)あらかじめ結論の枠を押し付けない
(く)対等であること(=自分の考えが間違っているかもしれないという可能性を受け入れる)

(2)モチベーションの源泉である「やりがい」を実感させる

 中島さんは、社員のモチベーションを長期的に維持するためには、“予算へのこだわり”だけでは難しいと感じていました。数値目標だけでは、プレッシャーになりこそすれ、喜びにつながりません。そこで、喜びの源泉でもある「やりがい」を実感できる社員を増やすことが、結果的に業績につながると考えたのです。

真のやりがいとは?

 中島さんの考える「やりがい」とは、自分の仕事が「お客さまの信頼」や「仲間の仕事」に貢献している、個々人の価値観が仕事を通じて実現できている、仕事を通じて自分自身が成長していると実感できることです。

 今回、社員がコミュニケーションできるさまざまな場を設定したことで、社員1人1人が考えていることや大切にしていること(価値観)、自分が本来やりたかったことなどが明確になっていきました。このことが社員1人1人のモチベーションの源泉につながっていきます。

(3)価値観・ビジョンの共有化でチームの一体感を醸成する

 オフサイトミーティングやコーチング研修などを通じ、社員同士の横の連携も出てきた中、集団としての一体感をさらに高めるため、会社の価値観・ビジョンを共有する取り組みをスタートさせました。価値観は、「NEXS WAY」(大切にする価値観、習慣)と名付けられ、社員の行動指針や企業文化・風土を形成するための基軸となるものです。

 策定に当たっては、若手社員から役員までのメンバーで、前述のオフサイトミーティングのスタイルとルールで実施しました。

 組織の価値観を明確にすることは、社員1人1人が主体的な行動を取るうえでの判断基準として有効な手段です。加えて、個人の価値観を明確にすることで、組織の価値観と個人の価値観が共に明確になります。これらが一致する部分を見いだすことで、真の動機づけにつながっていきます。

 取り組み全体を通じて、相手の話を「聴く」ことがベースになっています。お互いの考え方が違っていても、無理に自分の考えに引き寄せるのではなく、そのまま受け止めることでお互いの信頼関係につながります。

 コーチングの基本スキル「聴く」については、「コーチングを身に付けよう」の「コーチングの基本スキルを会得しよう」をご覧ください。

 中島さんのお話を伺い、中島さんの風土改革への思いと社員に対する愛情を強く感じるとともに、社員に自然に受け入れてもらうための綿密な手順が印象に残りました。中島さんの情熱を持って進める部分と客観的な部分の両輪のバランスがプロジェクト成功の鍵と感じました。

参考文献
小さなチームは組織を変える〜ネイティブ・コーチ10の法則』(伊藤守著、講談社)

 

今回のインデックス
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 成果を生み出すコーチング(4) 2ページ

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執筆:小田 美奈子(http://www.happy-coachingcafe.jp/)

消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。現在は20〜30代の会社員、経営者を対象としたコーチングやキャリアカウンセリング、キャリアをテーマとしたワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター会員/特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(Career Development Adviser)

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