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IT業界就職戦線

第3回 小野和俊が問う「IT業界は本当に3Kなのか?」


小野和俊(アプレッソ)
2009/10/28


 IT業界を目指す学生にとって気になるのが「3K」や「ブラック企業」について。本当にIT業界は「過酷な業界」なのか? 10年間、IT業界で働いてきた「現役プログラマ兼CTO」の小野和俊氏が語る。

第2回

 読者の皆さん、IT業界へようこそ!

 ……といっても、今回は学生の方向けの記事なので、 皆さんはまだIT業界に身を置いているわけではなく、IT業界に進むことを考えている、という状況なのだと思います。

 そんな皆さんに、足掛け10年、IT業界に身を置いている筆者から、「進路としてのIT業界」についてお伝えしたいと思います。

特集:IT業界就職戦線 インデックス


3K? 7K? 42K?

 わたしが就職活動をしていた1999年ごろは「SE=人気職種」というイメージが強かったように記憶しています。しかし、最近のIT業界に対するイメージはどうでしょう。3Kに始まり、7K、42K、果ては「10年は泥のように働け」発言など、IT業界に対するネガティブなキーワードを耳にする機会が多くなりました。

 筆者は、こうした「人気職種からの転落」現象の理由が「IT業界の労働環境が悪化したから」ではないと考えています。そうではなく、3Kや7Kといった刺激的な言葉がネット上で独り歩きした結果、IT業界の負の部分が以前より脚光を浴びてしまっているだけなのではないでしょうか。

 確かに、IT業界では「プロジェクトに火がついて、連日徹夜を余儀なくされる」という状況の続く会社がないわけではありません。最近では、学生の皆さんが就職活動前に、その会社がいわゆる「ブラック」な会社でないかどうかをチェックすることが多いようですね。こうした事前調査は、我が身を守るための適切な防衛行為であるといえます。

 しかし、「ブラック」な会社が一般的なIT企業なのでしょうか。わたしはIT業界で10年間、仕事をしていますが、理不尽な徹夜や長期残業を余儀なくされるような状況に身を置いたことはありません。いつも楽しくカタカタとキーボードを打ちながら、趣味の1つでもあるプログラミングを仕事にし、腕に磨きをかけていく喜びの中で毎日を過ごしています(注1)。同じように楽しくやりがいを感じながら仕事をしている人は、今も昔もたくさんいます。「ブラック」な会社が存在するのは事実でも、それでIT業界を一般化するのは正しい判断とはいえません。

(注1:例外として、起業したばかりのころ、最初の製品の開発に打ち込むあまり、大学の研究室に近いノリで、自発的に2年間連日無休で開発していたことがあります。大いに反省して、「徹夜をしてはいけない理由」というエントリを書きました)

自虐的な人々

 「3K、7KをIT業界が自虐的に宣伝する」現象について、アルファブロガーの小飼弾氏はTwitter上で次のようにつぶやいています。

自虐的な自己紹介をする人ほど、自分の仕事に対する誇りが強いという仮説はワシの中で日々強くなるばかり。「まんじゅうこわい」の一種?

http://twitter.com/dankogai/status/5141837630

 これはなかなか興味深い指摘です。というのも、連日徹夜という状況に身を置いている人が、意外とその状況を楽しんでおり、大変ではあるが「自分にしかできない仕事をしているのだ」という誇りを持ちながら、一方で「徹夜徹夜で超ブラック」と話す――というのは、割とよく目にする光景なのです。ただし、本当に苦痛で3K、7Kといっている人もいます。先輩がこのような話をしてきたときは、それが苦痛の告白であるのか、実は自慢なのか、どちらなのかを慎重に判断しながら話を聞くようにしましょう。

 他業界でも、こうした「自虐」は見られます。わたしが直接知っている例を紹介しましょう。

  • 放送業界:忙しさのあまり睡眠時間がほとんど取れず、階段の踊り場が実質的な寝床である、と話すアシスタントディレクター

  • 金融業界:文字通り、毎晩4時まで上司の飲みの「特訓」があり、飲み会でトイレに行くふりをして便座に座って、少しでも睡眠を取っている、と話す営業マン

 外に向かって大声で宣伝するかどうかは別としても、「ブラック」な状況はどこにでも存在します。どの業界に進むとしても、個々人の性質や、自分にとっての望ましいワークライフバランスを考えながら、必要に応じて回避策を講じていくことが大切です。

面接官を面接する

 「ブラック」であることには、2つの構成要素があると思います。1つは労働時間が極端に長いこと。そしてもう1つは、理不尽であることです。

 単に労働時間が長いだけでは、「ブラック」であるかどうかは判断できません。例えば、あなたがとてもやりがいのあるプロジェクトを担当することになり、「これはまだ誰も実現できていないことだ!」と目を輝かせて仕事に打ち込んだ場合。あるいは、プロジェクトの重要性についてきちんと説明を受け、自分が入ることでプロジェクトが前進しそうな見込みがあり、自分としてもこのプロジェクトはなんとかして成功させたい、と強く望んでいた場合。こうした状況で仕事に没頭して、結果として労働時間が長くなったのと、納得できない状況で長時間労働を無理強いされるのとでは、たとえ同じ「長めの労働時間」という環境に置かれたとしても、仕事に対して感じる幸福の度合いはまったく異なるものになるはずです。

 これを踏まえた上で、「就職先を決める際に最も重要なこと」を考えてみましょう。わたしはその1つとして、次のようなものがあると考えています。すなわち、

 「社員間、あるいは上司と部下との間で、ある仕事についてきちんと納得のいく説明がなされ、理不尽なことが起きない会社であるかどうかを適切に判断すること」

です。納得できない仕事に身を投じなければいけない、ということは、時として長時間働くこと以上に大きな苦痛をもたらすからです。これに長時間労働が加わると、まったく納得できないことに人生の多くの時間を割かなければなりません。本当の意味で「ブラック」な状況になるわけです。

 「ブラック」を回避するにはどうしたらよいのでしょうか。就職先の会社が理不尽な会社かどうかを判断する一番の近道は、「面接官を面接すること」です。

 大企業の場合、最初は人事担当との面接から始りますが、面接が一次、二次と進むにつれて、一緒に仕事をすることになる人との面接の場がセットされます。中小企業の場合は、一次面接からいきなり現場のメンバーや上司となる人との面接、というケースも少なくありません。

 面接の場は、面接官が学生を見る場であると同時に、学生の立場から見れば、企業風土を判断する絶好のチャンスでもあります。次のような点をよく見ましょう。

  • 学生の「生意気な意見」に対して、きちんと対話しようとするかどうか

  • 質問に対して「君もいつか分かるよ」などとはぐらかしたりせずに、きちんと答えようとしているかどうか

 その職場が「理不尽な場所」なのかどうかの判定結果が、リトマス紙のようににじみ出てくるはずです。

プログラミングはあなたの将来の選択肢を広げる

 ソフトウェアの特殊性の1つに、「スキルさえあれば、原材料がなくても、商材を作り、提供することができる」というものがあります。

 ハードウェアの場合、製造に必要な部品や組み立てラインといった設備が不可欠ですが、ソフトウェアの世界では、アイデアと、それを実現するスキルさえあれば、少人数で――場合によっては自分1人で――ビジネスを始めることができます。原材料のない状態からものを作り出すという意味では、ソフトウェアの世界には、錬金術的なダイナミズムがあるわけです。

 この傾向は、昨今のクラウド・コンピューティングの普及により、さらに加速されつつあります。もし何かWebサービスのアイデアがあるなら、そのサービスをGoogle App Engine上に実装してみましょう。月間500万PV相当までのコンピューター・リソースと帯域幅を、Googleが無償で提供してくれます。PVを意識したことがある人ならピンと来ると思いますが、月間500万PVを超えるのはかなり大変です。これを実現できるのは、成功した一握りのサービスだけです。逆にいえば、ほとんどの場合、アイデアを形にしてWebでサービスを提供してみる分には、まったくお金がかからないのです。

 無料の範囲を超えた場合でも、使用量に応じて、かなり安い使用料でクラウド・プラットフォームを利用することができます。Googleの500万PV相当まで無料、というのはかなり極端な価格設定ですが、Amazon EC2やWindows Azureなど他のプラットフォームも、個人で支払える範囲の価格帯のサービスメニューを提供しています(注2)。さくらインターネットなど、国内のレンタルサーバも月々数百円程度から始められるプランを用意しているので、これらのプランを活用する手もあるでしょう。

(注2)Windows Azureは2009年10月現在、まだ正式なサービスが開始されていませんが、2009年11月から課金が始まる予定で、価格体系も発表されています。

 今からプログラミングを学ぼうとしている人や、これからIT業界に入ってソフトウェア開発の技能を身につけようとしている人は、とても時代に恵まれていると思います。わたしがアプレッソで「DataSpider」というパッケージ製品の事業を始めた2000年には、今日実現しているようなクラウド・プラットフォームはまだ存在しませんでした。

 当時はソフトウェアビジネスを始めるに当たっては、会社組織を立ち上げ、資金を調達する必要がありました。今日では、アイデアの実現とその運用のために会社を立ち上げるまでもありません。個人が自分の思いついたソフトウェアを実装し、Web上に展開していくことができます。大量のユーザーが集まって、ビジネスとして展開していこうと思うまでは、1人でサービスを運用していくことが可能なわけです。

 どの分野でも、日々の仕事でスキルを身につけていくことで将来の選択肢が次第に広がっていくものですが、ソフトウェア開発の世界ではこの傾向が特に顕著に見られます。もちろん、自分のアイデアをビジネスにつなげることを、誰もが望んでいるわけではないでしょう。しかし、日々の業務の中で、将来の選択肢がグングン広がっていくこと自体は、誰にとっても悪いことではないはずです。学生のうちからさまざまなソフトウェアの開発に携わってきた人であれば、就職せず、いきなり自分自身のサービスを世に問うてみる、という道も「アリ」です。

 わたしからすると、いまの時代にIT業界に身を投じるのは、またとないグッドタイミングであるように思えます。3K、7Kといったネガティブなキーワードは、言葉だけが広がっていっているに過ぎず、10年前に「SEが人気職種」であった時代と内実はほとんど変わっていません。IT業界に限らず、どの世界に進むにしても、「自分自身が人生のどれくらいの割合を仕事に当てていきたいのか」「就職先は理不尽なコミュニケーションのまかり通る場所ではないか」の2点を慎重に判断しながら、理想の会社を見つけるなり、自分でサービスを始めるなり、納得のできる進路を選択してください。

◇◇◇

特集「IT業界就職戦線」ラインアップ

 10月の特集「IT業界就職戦線」のラインアップは以下のとおり。

2011年新卒採用:不況でも新卒採る、ただし厳選採用
特集:IT業界就職戦線(1) 
2011年新卒採用について「リクナビ」「マイナビ」編集長に話を聞いた。企業は「量より質傾向」を維持。その中で、IT業界は若手採用に積極的だ

1日のうちでこんなに使っている! 情報システム
特集:IT業界就職戦線(2) 
日々の生活の中で、わたしたちは何気なく情報システムを使っている。どこにどんなシステムが使われているのか、学生の1日を追いながら解説

小野和俊が問う「IT業界は本当に3Kなのか?」
特集:IT業界就職戦線(3) 
アプレッソのCTO&現役プログラマの小野和俊氏が、IT業界の3Kイメージを斬る。「IT業界は3Kと語る人々」の真意を見抜くことが肝心だ

エンジニアライフ時事総論:先輩エンジニアへの質問
特集:IT業界就職戦線(4) 
説明会に行く前に、先輩エンジニアに気になる質問をしよう。仕事と趣味のバランスをどう取るのか、残業はどれくらいあるのか?

情報学部生はグーグルの演奏家・指揮者を目指す
特集:IT業界就職戦線(5) 
情報学部生がグーグルに新卒入社した場合、キャリアパスの道は2つある。グーグルというオーケストラの演奏家、もしくは指揮者になることだ

第2回

筆者プロフィール
小野和俊●1976年生まれ。1999年慶應義塾大学環境情報学部卒業後、同年サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。入社後まもなく米国 Sun Microsystems, Inc での開発を経験し、2000年より株式会社アプレッソ代表取締役に就任。データ連携ミドルウェア DataSpider を開発する。2002年には DataSpider が SOFTIC ソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤーを受賞。2004年度未踏ソフトウェア創造事業 Galapagos プロジェクト共同開発者。2008年より九州大学非常勤講師。日経ソフトウェア「小野和俊のプログラマ独立独歩」連載中。



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