初めて来たよ、婚活パーティ！ うわー、ドキドキするなあ。みんなオシャレしてるしなあ。歓談タイムらしいけど、どうアプローチしたら良いんだろう…… あ、ちょうどこっちに向いて立ってる人がいる！ よし、声を掛けてみよう！

ど、どうも、米波太郎（まいなび たろう）と申します。あの、趣味を伺っても良いですか？ 映画が好きなんですか？ 僕も好きなんですよ！ 来週、何か見に行きませんか？ 再来週でも良いですよ！ ……あ、そうですか……。

（10分経過）

…… みんな、話を打ち切ってスッと離れていくのがうまいなあ……。とても自然に、違和感なくやるよね。というか、若干不自然さがあっても全然、気にしてないよね。他の人と話している時の方が楽しそうだよね。なんか、じわじわと、敗北感が心のメモリを圧迫してきたぞ……。いや、ここでくじけちゃいけないんだ！ モテも面接も一緒！ 当たって砕けろで数をこなしてこそなんだぜ！ あっ、初めまし……。わあ、きれいにスルーされた……。

あれ、あの人、なんで壁際で、しかも壁の方を向いて立ってるんだろう？ イベントへに参加しようという意思が全然、感じられないぞ。かなりおしゃれしているのに…… あっ、よく見るとすごく自分の好みっぽい！ こう、後ろ姿だけで分かるのってあるよね。どうしようかな、声掛けてみようかな……。また逃げられちゃうかな……。もうすっかり自信がなくなってきたよ……。

（くるり）

どぅぉあ！？

早速、伺いましょうか。この婚活パーティーへの参加を決めたのはどういうお考えからですか？

あう…… あう……。

ご返答は日本語でお願いします。

あの、ここは面接会場では……。

転職したいのなら、どんな場所であろうと油断するべきじゃないのよ。今や、志願者のメールアドレスで検索したり、SNSのアカウントを探したりするのは企業の常識。

全てがWebに拡散する時代の危険性をわきまえていない人を、企業が求めると思いますか？ 重要な顧客データの置かれたサーバー室で水鉄砲を撃って遊ぶ動画をアップするような人かもしれないのに？

よく分からない方向に想像が膨らんでますけど、えーとえーと、もしかして怒ってます……？

むしろ、あなたがどうして、そんなに後ろめたい顔をしているのかが理解できませんが？

後ろめたいなんてことはないですよ！ 友達に誘われたからちょっと来てみただけで、あれっ、アイツどこに行っちゃったのかな……？

同行の方はあちらで話が弾んでるみたいね。あなたは女性参加者に手当たり次第に声を掛けては拒絶されていたようですが。

見ていたんですか……。

先週のエンジニア交流会でも、まったく同じ失敗をやらかしてたわね。

えっ、な、何でそれを知ってるんですか！？

あら、私はあの時、あなたと名刺交換もしたのよ。もっとも、花粉症対策用のマスクを付けて、黒髪のかつらで目元を隠して、あらかじめボーカロイドで録音しておいたセリフをタブレットPCから再生して会話したから、注意力散漫で認識力にも欠けるあなたは気が付かなかったかもしれないけれど。どんな相手とやりとりしたのか、忘れちゃったのかしら？

…… あーっ！！ そういえば、ボカロっぽい声で定型文みたいな喋り方をする人がいるなあと思ったけど、それっきり忘れてた……！

注意力の貧しさは本当に問題ね。気付かないのは予想通りとはいえ、失望したわ。

考えてみたらあんなに怪しい人いないのに、何で覚えていないんだろう……。知っている人のような気がしたから、あんまり違和感がなかったのかな……？

メモリエラーwwwwww　（むしゃむしゃ）

あっ、僕の皿の料理を勝手に！ そのお寿司、最後の1つだったのに！

シャーッ！！

うわわ、ごめんなさいごめんなさい！！

相手がじっくり話を聞く準備をしてくれる面接とは違って、交流会やパーティは、一人一人とのやりとりは、ずっと短いのが前提よ。お互いにどれだけたくさんの相手と話せるかが重要なんだから。

そういう場所でいきなり込み入った話をしようとするのは乱暴だし、相手にとっても失礼でしょ？ あなただって、紙皿と紙コップを持って突っ立ったまま、相手が長々と自分の半生を開陳するのを聞かされたら困惑するでしょ？

はい……。

今あなたがやってるのは、いうなれば、ITコミュニティのイベントで手当たり次第につかまえた相手に、いきなり給与の交渉を始めるような、とんでもなく非常識な行為というわけ。それがまさに、先週の交流会であなたがしていたことなのよ。

うっ！

あ、なんだ、先輩もいらしてたんですかー？ 誘った時には「あんなところで相手を見付けようとするなんて安易過ぎるわ」なんてブツブツ言ってたくせに、もう、素直じゃないんだからー！

いつものメンバーがそろってしまった……。

ちょうど良いから、ここで後輩を相手に練習してみたら？

初めましてー！ よろしくお願いします！

えっえっ…… あ、どうも、よろしくお願いします……。えーとえーと、どちらにお住まいですか？

はーい、キモいでーす！　（手でバツを作る）

ええええ！？

いきなり問い合わせの深度が深過ぎまーす！ というか、そもそもそれはプライベート変数なので、ふつう外部からは取得できません！ 常識！

まあ、それは人によるかもね。

そ、それって取得できないものなんですか……？ 何かメソッドは？

ないです。でも仲良くなったら、私の方でgetterとか、場合によってはsetterを実装してあげます。そういうものです。

女性というクラスの挙動を理解せずにインスタンスにアプローチしようなんて、愚行もいいところね。

オブジェクト指向に絡めて説教されると、仕事で叱られてるみたいでとてもキツいんで、勘弁してください……。そ、それに、どこからそういう知識を得たら良いか分からないんですよ！ 女兄弟もいないし、中高と男子校だったし、ほんとに分からなくて……。

情報収集が下手過ぎる！ 新しいプログラミング言語を学ぼうというときに、「でも、良い本がなくて……」なんて寝ぼけたこと言わないでしょ？ その言語を使っている人の情報発信をネットで手当たり次第にあさったり、良さそうな本なら英語で書かれていたって買うでしょ？

ユーザーグループに所属して情報交換したり、交流会があったら顔を出していろいろ教えてもらったりもする。そうやって能動的に貪欲に情報を吸収していく姿勢がなくて、どうしてやっていけるの？ もしかしてあなたは、エンジニアとして、そういう当たり前の姿勢を持っていないのかしら？

ううう……。正直、エンジニアとしてそこまでの努力ができているか自信がないのもつらいけど、それと同じことをモテでもしなくちゃいけないってことですか？

あなた、モテを何だと思ってるの？ 少ない例外を除けば、モテというのは地道で厳しい努力の上に成り立つものなのよ。

さまざまな趣味嗜好（しこう）を持った不特定多数の異性が好意を抱くような人物であるには、そう思わせるだけの好ましい属性をたくさん持っていないといけない。男女の考え方がどう違うかを知っていることの他にも、気配りの細やかさや、話題の豊富さや面白さ、服装のセンスの良さなどね。

そういう属性のほとんどは、その人物が努力によって一つ一つ身に付けていったものよ。先天的にそういう要素をたくさん持ち合わせている人もいるけれど、そういうのはいわゆる「ただしイケメンに限る」の枠だから、考えるだけ無駄。IT業界でいうなら、飛び級を繰り返して15歳で博士論文を書いたシリコンバレーの天才みたいな人物には、なろうと思ったってなりようがないでしょ？

そして、そういう属性を持ち続けるためには、それらを日々たゆまずメンテナンスしていかないといけない。ECサイトを10や20も抱えた管理者のような、ちょっとした激務よ。そういうことをきちんとできて初めて、あなたのような全方位的にぼんやりした人がモテにたどり着けるってわけ。

でも、大抵の女性は、別にたくさんの人に求愛されるような男性を求めているわけじゃないのよ。それは、誰もが名前を知っているようなスーパーエンジニアが必ずしも会社に必要ではないのと一緒。そんな人がそうそういるわけじゃないし、大抵は既に本人が満足できる勤め先でばりばりと仕事していて、よほど魅力的な条件を提示しなければ、自分の会社に来てもらえるはずもない。

会社は、そういう超人的な有能さを求めているわけじゃないの。目の前の仕事をきちんとこなしてくれる人であることが何よりも大事。会社が必要とするスキルを持っていて、ちゃんと仕様をかみくだいて、要件定義通りに動作する製品を作れる人であることが重要。多くの企業が求めているのは、企業の目的をちゃんと理解して、進むべき道を一緒に考え、歩んでくれるような人なのよ。

もちろん、そういう人が何人もいたら、1番魅力を持ってる人を選んじゃうと思いますけどね！

うっ……。

そうね。だからこそ、モテのための努力や、エンジニアとしてのスキル向上の努力は無駄じゃないし、やめるべきじゃないのよ。

魅力のある人かどうか、ちゃんとした技術を持っている人かどうかは、ほんの2〜3分のやりとりでもちゃんと分かるものよ。もちろんその先で、もっと詳しくその人のことを知って、本当に求める人物であるかどうかを注意深く吟味する必要があるけれど、まずはこのハードルを越えられるくらいじゃないと、異性との出会いにしても、企業へのアプローチにしても、スタートラインにも立てない。どちらのステージにおいても、あなたはまだそこを越えられていないということよ。

あなたをよく知っている人は、隠された魅力を幾つも知っているかもしれない。仕事仲間なら、他の人が持っていないあなたのスキルを知っているかもしれない。でも、あなたを知らない人にはそれが分からない、初対面でもそれが一目で分かるくらいに、魅力を磨きなさい。そして、上手なアピールの方法を確立しなさい。それが面接においてきっと役立つはずよ。

は、はい。

……さて、そろそろ時間かしら。

ですね。

え、もう帰っちゃうんですか？

3、2、1…… はーい終了――！！

えっ？ えっ？

この婚活イベント、複数のIT系企業が後援していることをご存じなかったのかしら？ ほら、ステージの後ろにスクリーンがあって、イベントのロゴが表示されているでしょ？ その脇に並んでる企業マーク、どれかに見覚えがあるかもしれないわよ？

えっ…… あ、あの会社、僕が今、転職を希望してるところです！ 来週、面接を受ける予定なんですよ！

……はっ、ということは、またあなたが……？

その面接、今日ですから。

…… えっ…… （手帳を取り出して確認する）

あっ！ ……うわーっ！ そ、そ、それ来週だと思ってました……！！ ああああああ……！（がっくりと床に伏す）

そして、私がその面接を担当するはずでした。たった今、予定の面接終了時刻を迎えたところよ。こうして話をしているうちに思い出すかもと期待していたんだけれど、予想通りとはいえ、ダメだったわね。

指定の時刻に受付に来なかった時点で完全に失格なのだけれど、今日の面接はあなたで最後だったし、この婚活パーティに興味を持っていることはあなたのSNSでチェック済みだったので、もしやと思って来てみたら、やっぱり当たりだったわね。

大切な面接の日に婚活パーティではしゃいでるなんて…… あなた、本当に大丈夫？ 面接に落ち続けて、だんだん転職へのモチベーションが下がってるんじゃないの？

ちょ…… ショックで立てなくなりました……。

かなり残念なレベルの失態だから、トラウマとしてきちんと心に刻んだ上で乗り越えてほしいところね。まあ、面接はできなかったけれど、あなたが弊社の求める人材でないことは明確に分かったので、良しとしましょう。後輩、帰るわよ！

はーい！ エンジニアさん、これにめげずに、また挑戦してくださいねー！

ま、待って下さーい…… もう一度チャンスを……。ああっ……。

……なぜ、僕の背中にアルパカが着々と料理を並べていくのだろう……。これはもしかして「敗、者、盛、り」……？

トラウマwwwwwww メシウマwwwwwww キシシシシwwwwwww